校長の言葉

聖ドミニコ学院中学校高等学校

校長 柚木洋子

わたしは罪をあなたに表し、
わたしのとがを隠さずに言う。
あなたはわたしの罪をゆるし、
わたしのとがを清めてくださる。

あなたはわたしの隠れ場、
苦しみからわたしを助け出し、
救いの喜びで
おおってくださる。
(詩編32・5, 7)

聖アウグスティヌス(古代キリスト教世界の神学者)が好んだといわれる痛悔の詩編です。

“わたし”の体験をもとに神の救いの力を述べています。前半は罪の告白とゆるし、後半では罪をゆるす神に出会った者の喜びが歌われています。「隠さずに言う」と訳されている「告白する」という動詞は「感謝する」と訳されることの多い動詞です。神の真実に触れた者が行う感謝です。危険から守り保護する神が「隠れ場」となって、神と詩編作者と人々が救いの叫び(喜び)を上げるのです。

罪の告白は慈しみ深い神と出会うための契機となっています。聖アウグスティヌスの『告白録』も自分の失敗の告白を通して行う神への賛美です。犯した罪を認め告白することは、罪と本人が切り離され、しかもその罪は霧散するかのようです。それが罪のゆるしで、ゆるされた人はいつくしみ深い神とますます出会っていくのです。

アウグスティヌスは、人間はアニマ(魂)と身体からなる理性的存在で、アニマの中の最も優れたものを“心”と呼んでいます。心のうちに理性と知性があり、知性は“心の目”で、真理を覚知し、善を愛し、神の言葉を把握する力があると言います。

挫折や失敗があっても諦めず、ただ自分の欠けを認めることは、いつくしみ深い神と出会う開きへの道となりえます。弱く限りある私たちの罪を清めてくださるのは私たち人間ではなく神の霊です。人間的に見れば失敗した十字架のイエスの生きた言葉に出会わせてくださるのも聖霊です。